筑北村サイクリング(後編) 差切峡・山清路

 前編中編と筑北村でのサイクリング について記事を上げてきましたが本記事が最後となります。今回は差切峡(さしきりきょう)山清路(さんせいじ)です。山清路は正確には隣の生坂村ですがここで扱います。

 差切峡に行く前に腹ごしらえで「坂北荘」でランチ。チャーシューメンともつ煮。もつ煮を注文したら多すぎだと思いましたが気になったので注文しちゃいました。どちらもとても美味しかったです。ラーメンのスープはオーソドックスな中華そばの味。安定・安心の味です。個人的にはこういうあっさり醤油ラーメンが大好きです。

 チャーシューも厚みがあって美味しかったです。そして、価格は670円とチャーシュー麺の割には安い。

 昨今の情勢もあり仕切り板が設置されています(正直なところこんな板っきれ意味無いと思うけど)。

 私が早く来すぎてしまったこともありますが食堂は私一人でした。あと、こちらは日帰り温泉もあるのですが間違いなく湯冷めするので自重。

差切峡へ

 坂北荘を出発してすぐの差切トンネル横の迂回路に向かいますが通行止めの看板で塞がれています。やむなくトンネルを通過。幸いなことにトンネル内の照明が白く明るいタイプだったのでそこまで怖くは感じませんでした。

 トンネルを通過し横の迂回路を確認しますがこちらも通行止め。どんな状況か確認してみようと素知らぬ顔でこの迂回路を進んでみました。

 木や枝が路肩に転がっていますが坂北荘側のトンネル前まで抜けてしまいました。特に工事をしていたり道が崩落しているなど変わった様子は見受けられず。どうして通行止めになっているのかは不明のまま。おそらくは夏の台風によるものなのかと推察。

 この案内板によると筑北村は曼荼羅の里らしいです。「え?そうなの?」って感想でしたが石仏が残っているからなのか?

 川に降りることができたので降りてみました。

 休憩スペースもあります。

ドの渕

 さらに進んで「ドの渕」というところまで来ました。トンネル横から下に降ることができます。

 トンネルを通過すると案内板が設置されているスペースがあったのでここに立てかけて駐輪。

 自転車を駐輪してここから散策開始。

 川を渡った先に「熊の穴」という洞窟があるとのことですが老朽化で橋は封鎖されています。

 この坂を登ると先ほどのトンネル前に上がれます。

 改めて「差切峡」ですが犀川の支流である麻績川(おみがわ)にある渓谷です。硬い礫岩や砂岩の地層に麻績川がほぼ垂直に流れ込んでできた渓谷で変わった形の岩が多く見られます。春はツツジ類、秋は紅葉が映える絶景の地で釣りもオススメらしいです。今回はどの季節も外していますね・・・。

 変わった形の岩ですが先に触れたように水の流れとそれによって小さな岩がぶつかることで抉れたような形状になったそうです。

 こちらの岩にあいた穴(ポットホール)がわかりやすいかもしれません。穴の中に小さな石や岩が入っていますがこれらが水によって動いたことで少しずつ削れていったのでしょう。

 念のため注意点を。この場所は柵のようなものがないので写真撮影する際などは足元に気をつけましょう。少なくとも撮影しながら歩くのは危険なので絶対にやめた方が良いです。落ちたら終わりです。

山清路を目指す

 お次は山清路を目指し生坂村方面(国道19号)に進みます。数カ所ですが短いトンネルを通過します。トンネル内は短いとはいえ暗くて狭く、車も通るので前後のライトを点灯させないと危ないと思います。

 途中のトンネル横に鉄柵を発見。別の方のブログで得た情報だといわゆる「旧道」にあたるものらしいです。トンネル横にある迂回路のような道です。一応、この先は進めるようですが民家(今は住んでいないっぽい)に繋がるようなので今回はこの先は行っていません。ただ、どうしてこの場所に住もうと思ったのか失礼ながら疑問はあります。何か商売をされていた?

 県道55号をさらに進んでいくと2020年12月13日に開通した「山清路大橋」に到着。この橋を渡ると国道19号線は目の前です。

 橋からの犀川の眺め。このエメラルドグリーンの水面を見ると犀川だなってすぐにわかります。奥に見える橋は「山清路橋」です。新山清路橋ができる前は木で隠れていますが写真左側の旧道伝いにあの橋を渡って国道19号線にアクセスしていました。

 国道19号線に入り明科・松本市方面に進むと山清路大橋から見えた「山清路橋」に到着。

 写真だと下が見切れてしまっていますが「立入禁止」のロープがかかっています。ただ、このロープは写真の通り地面に垂れてしまっています。

 これだと入れちゃいますね・・・。

 入れちゃうね・・・。

 (素知らぬ顔で)「山清路橋」を渡って旧道を進んだところにある「山清路2号洞門」前に。トンネルを通過すると国道19号に抜けます。

 国道19号線から見た「山清路2号洞門」。19号側から見えるように山清路の看板が設置されています。

 「犀川線」の開通記念で建てられた記念碑です。こういうところにアクセスできなくしたら観光面ではマイナスなのでは?

 遅まきながら説明すると「山清路」とは犀川と支流の麻績川・金熊川が合流する案内図のあたりを指す名勝地とのこと。だいぶザックリした範囲です。ちなみに江戸時代後期から明治時代(1902年)までは「犀川通船」という水運事業もあったそうです。松本発で約6〜8時間かけて長野市(信州新町)まで船便が運行され、4日間かけて舟を松本まで戻したそうです。その事業は篠ノ井線開通・陸路の整備で廃れたのだとか。近隣の池田町にかつて存在した池田鉄道もですが、当時は鉄道が通るか否かが地域盛衰の分かれ目になったことがよく分かる事象です。

 バス停奥の階段を登って展望台へ。写真では伝わりませんが強い風が吹き付けていました。

 展望台からの眺め。左の道路が国道19号で「新山清路橋」。右側の道路は県道55号で大町市の八坂地区、大町市街に繋がっています。

 先ほど素知らぬ顔で渡ったの「旧山清路橋」が見えます。

 展望台からさらに散策路があり百体観音などがあるようです。自転車放置でさらに時間かけて歩くのは怖いので今回は割愛。

 帰りは犀川に沿って生坂村・明科方面に走ります。

 以前、生坂村まで走った際のルートを参考に国道19号を回避するルートを走りました。生坂ダムからの眺めもなかなかのもの。切り立つようにそびえる山々と犀川のエメラルドグリーンの組み合わせは美しいと思います。

 差切峡・山清路は行ったタイミングが早すぎて紅葉など程遠い状況でしたが以前から行ってみたかった場所だったので満足です。ただ、酷な言い方ですがもし紅葉の時期に行ったとしても混雑とは程遠い「寂れた観光地・景勝地」というのが現在の状況と言えます。ほとんどの車が長野市か松本市方面に通り過ぎていく場所なのでしょう。前編・中編で走った筑北村エリアも含めてもっと素直な表現をするなら「信州の平凡な田舎の風景」というところでしょうか。ただ、車であっと言う間に通り過ぎるような場所を自転車で味わうように走るのも楽しいと思いました。