犀川の流れに沿って長野県生坂村までサイクリング

 前回記事の「旧国鉄篠ノ井線廃線敷遊歩道」の続きで生坂村までサイクリング。かねてより走りに行こうと思っているルートに生坂村が入っているので下見も兼ねて行ってみることにしました。

 国道19号線と国道403号線の分岐にあたる「木戸」の交差点から国道19号線に入ります。地図を見ると犀川が流れる山間部に位置し狭い印象を受けますがこの景色を見ているとそれを感じさせません。特に先ほどまで山中を歩いたり走ったりした後なこともあり開けた景色が何とも新鮮に感じます。

 今回は行きと帰りでルートを変えて道路状況の確認をします。行きは主に国道19号線を利用します。帰りは途中から県道255号線を走ります。事前にGoogleマップで見てはいましたが国道19号線はお世辞にも広いわけではなく、長野市方面に向かう車が多いので走りやすいとは言えません。歩道に回避することも考えますがやたらとそちらはそちらでデコボコしていて走りづらい路面状況です。自動車には申し訳ないですがそのまま車道を走ることにします。

 「睦橋(むつみばし)」を通過して生坂村に入ります。

 睦橋からの犀川の眺め。今まで自分が住んでいたところと川の流れの向きが逆になるので何となく違和感があります。そういえば以前に行った小谷村姫川も日本海側に流れていました。荒川もそうですが自分の中では太平洋側に流れるのが馴染みがある感じです。

 生坂村に入って少し進んだところの「下生野」という信号交差点で左折します。帰りに通りますが国道19号線を走った場合は「池沢トンネル」を走ることになります。それを回避するために犀川の対岸を走ることにします。

 交差点を左折して進んでいくと「日野橋」が見えてきました。

 橋の横に古い遺構らしきものがそびえ立っているのを発見。おそらく古い橋に関係するものだと思いますがその答えは橋を渡ってすぐにありました。

 橋を渡ってすぐの交差点の正面に橋の歴史を伝える石碑がありました。もともとは八丁橋という吊り橋があったそうです。その後、生坂ダム建設時の補償工事で日野橋が架かったそうです。しかし、八丁橋建設の苦労を後世に伝えるために橋を支えた塔柱を保存することにしたとのこと。以前に「塩の道」に関連して「熊倉の渡し跡」に行きましたが犀川に橋をかけるのはここでも難事業だったのでしょう。

 ところで石碑の「陸郷村」という地名はどこかで見た記憶が・・・。

 数年前にニュースになっていたあの地域か? 

 交差点を左折して山を越えると池田町に着くので間違いないはず。

 この国道19号線の対岸の道路はなんという名前かわかりません。住宅や神社もあるので生活道路として重要な道であることには違いないでしょう。犀川を挟んで国道19号線が見えます。小さいですが生坂村との分岐点にあたる「滝ノ沢洞門」が見えます。

 生坂ダムの手前で若干の登りをこなしてダム伝いに渡ります。渡った後にまた登ったんですが・・・。

 生坂村の道の駅に到着。思った以上に人が多いです。中の食堂は席が埋まっていました。

 ランチ休憩として「灰焼きおやき」を外のテーブルでいただきました。売り物だからなのか見た目がとても綺麗です。実際の灰焼きおやきは灰が付着していることもしばしば。数年ぶりに食べましたが温かううちは美味しいです。この灰焼きおやきは冷めるとガチガチに固くなって非常に食べづらくなります・・・。長野市善光寺前などで売られているおやきなどは灰焼きと比較すると非常に「上品」です。

  帰り道は最初に触れた通り違うルートで明科に戻ります。国道と生坂村の分岐がある洞門(滝ノ沢洞門)に向かいます。洞門内は歩道と白線の反射板らしきものでデコボコがあったのでやむなく洞門外の歩道を走ります。さらに進んで「池沢トンネル」を通過します。Googleマップでは迂回路があるような表示ですが封鎖されています。やむなくトンネルを進みましたが道幅が狭いので歩道を走ります。歩道上の路面状況はそこまでひどくなかったのでなんとか通過できました。ただ、結論としては行きで走った対岸ルートを走った方が安全だと思います。

 国道19号線の途中で左折して「県道256号線(下生野明科線)」に入ります。細い道ですが国道より交通量は格段に減るので走りやすいと言えます。地元の生活道路でもあるのでたまに車や路線バスの「いくりん」が走ったりしています。それでも遭遇したのは5台程度でした。

 国道19号方面の眺め。後で地図を確認すると「京畑」という路線バス停車場の近くみたいです。

 この位置だと木が邪魔をせず対岸の様子、犀川の流れを一望できます。

 明科駅まで戻りました。今回でどういうルート取りが安全で走りやすいかの目星がついたので次に行こうと思っているエリアに行く際の参考になりました。