「再現模造」と侮るなかれ!! 松本市美術館の特別展で「正倉院宝物」を見てきました

 今年の4月にリニューアルオープンした「松本市美術館で開催中の「御大典記念特別展 よみがえる正倉院宝物 -再現模造にみる天平の技-」という特別展示を見に行ってきました。絶対に混むであろうゴールデンウィークと展示末期付近(6月12日終了)を避けてこのタイミングです。

*展示については写真撮影や動画は不可のため文章ばかりになります。

 「正倉院宝物」は奈良東大寺の正倉院正倉に伝わる約9000点の品々です。聖武天皇ゆかりの品々をはじめ奈良時代の天平文化当時の楽器、調度品、仏具、織物などが残っています。1200年以上も前の品々ゆえに劣化も激しいものがあり一部機会を除き外部に公開されません。この特別展ではそれら正倉院宝物の「再現模造」が展示されています。再現模造は明治時代後半から収蔵品の修理・技法研究のために制作が行われていました。

 「模造品を展示……?」と思うかもしれませんが宝物の中にはすでに伝わらなくなった技術・製法・材料によって製作されたものが多くあります。模造製作するにも人間国宝の職人方などの総力を結集し長い期間をかけて完成したものがほとんどです。

こちらは撮影用のレプリカ

 例を挙げると特別展ポスターや上の画像にある螺鈿や伏彩色、玳瑁(たいまい:ウミガメの甲羅)で美しく彩られた螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)」。正倉院宝物を代表する品で世界で現存する唯一の「五弦琵琶」です(*現在の琵琶は四弦)。

 この琵琶は模造を製作する上で紫檀、ウミガメの甲羅など材料確保から苦労が多かったそうです。製作に8年、材料確保も含めると15年がかりで完成したとのこと。特にウミガメの甲羅はワシントン条約で調達できず国内に残っていた在庫をなんとか確保したそうです。こういった事情からも模造を制作するだけも難事業だったようです。個人的にこの模造にもし価格を付けるとしたらいくらになるのか非常に気になりました。(プレミアムバンダイみたいに完全受注生産とかやったら凄まじい値段になりそう)

 そのほかに印象に残っているのが染織物の数々です。「赤地唐花文錦(あかじからはなもんにしき)」という錦などは精密で美しい文様が織られています。織り技術もさることながら他宝物も含めてどうやって正確なシンメトリーを取っているのか気になりました。また、朱の染料で使用される「日本茜」、絹の材料となる「小石丸 」という蚕について皇室との深い関わりによって再現できたという話がありました。こういう話を聞くとまさに国を挙げての文化事業だと感じました。日本茜で染色された絹糸も展示されていましたが鮮やかな朱色がとても美しかったです。

 正倉院宝物には「古文書」もありますがの「コロタイプ印刷」というゼラチンを使用した印刷方法で再現模造を制作していると言う話も興味深かったです。オフセット印刷に比べて濃淡表現や耐久性の面でメリットがあり採用されたそうです。再現の様子が動画で流れていましたが男性が上半身裸のエプロン姿で作業していたのが印象的でした。ゼラチンを扱う関係で作業場が高温多湿になるため上半身裸で作業しているとのことでした。

 古文書の内容についても紙が貴重で裏紙を利用していたことから当時の情報を得ることができたことも注目点に思いました。また、写経生の「休暇願」に書かれていた休暇理由が現代とあまり変わらないことから現代までの歴史の連続性を感じることができ面白かったです。

 当時の刀など「武具」の模造についても刀身の形状が鎌倉期以降のものと違い(切っ先の部分)がはっきりしており興味深かったです。思ったよりも刀身が短いと感じましたが当時の日本人の身長を鑑みれば妥当な長さなのかもしれません。

 今回の展示で宝物類のサイズ感なども把握することができました。社会科の資料集などで見たことがある宝物も再現模造品を実際に見てみると「こんなに小さいものなのか」と新鮮な印象を受けました。確かに正倉院正倉自体が横30m程と特別大きなものではないですし、仏事などの儀式で使用する調度品が大半なので小さいはずなのです。やはり実物を見るという経験に勝るものはありません。

 今回の特別展を通じてハイテク機器がない時代にあれほど緻密・精巧な品々を作っていたことに衝撃を受けました。おそらく再現模造を制作した面々もあまりの完成度に頭を抱えたのではないかと思います。再現とは別に当時の方々がどうやってあそこまで正確に形を取っていたのか非常に気になります。過去に阿修羅像などの仏像を見に行った時以来に強い衝撃と感動を覚えました。

 再現模造の製作は技術の伝承・研究以外にも日本で多い「災害」に備えての意味合いもあり始まったそうです。確かにこれらの品々が万が一にでも失われるとなったら大変な文化的損失だと思います。本物を見ることすら叶わない正倉院宝物を「再現模造」を通じ拝むことができる貴重な機会を得られたことに感謝したいと思いました。